自分の知らない価値観と出会った時、
自分と相反する価値観と出会った時、
皆さんはどんな反応をしますか?
または、すると思われますか?

腰痛をお持ちの方は、自分と異なる価値観と出会った時
つい、相手の考えを優先させ
自分の考えを後回しにする傾向にありますが

自分を後回しにしたり、
自分の考えを責めたり、
悪いと決めつけてしまうその思考の癖が、
腰痛などの痛みを作っていると、私は思っています。

なので、
腰痛を根本から改善するためには
思考の癖を変えていくことも必要だと思います。

長年染みついた「思考の癖」を変えるのは
大変なことと思われるかもしれないけれど
私と一緒に学んでいきましょう。

突然ですが、
この世で「100%絶対」と言えることって何だと思いますか?

私は「人はこの世に生まれ、死ぬ」

この「生」と「死」の2つだと思います。

正確にいうと、
100%絶対なのは、この「生」と「死」の2つだけで、
これ以外は全て仮説(グレー)だと思っています。

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人は、それぞれ目に見えない色眼鏡をかけて生きています。
この色眼鏡がその人なりの「価値観」であったり
「思想」であったりしますが、

色眼鏡の色は、育った環境や親の性格・ものの見方の影響を受けて
その人にしかない、その人らしい色に変化していくと思っています。

例えば、
私とA子ちゃんでランチをしている時に
私「ここの店長はイケメン」
B子ちゃん「ここの店長はイケテない」
という印象を持ったとします。

この二人の感じ方が色眼鏡(価値観)です。

共通の人物を対象とした印象でも
私とB子ちゃんの色眼鏡(価値観)は


私の「イケメン」

B子ちゃんの「イケテない」

相反していますよね。

ここで私がB子ちゃんに
「店長がイケテないというB子ちゃんはおかしい!」
と怒るのはおかしな話ですし、

相反しているといっても
この2人のどちらとも
絶対に正解ではないし、
絶対に間違いではないですよね。

ここでは簡単な例を挙げましたが、
人は対人関係で自分と似た色眼鏡や
違う色眼鏡と出会い、
喜んだり、悩んだりするのだと思います。

そして、
自分の色眼鏡に反した人を見かけると
ザワザワしたり、怒りを覚えますよね。

この時に感じたザワザワや怒りを見て見ぬ振りしてしまうと、
これらの感情が知らぬ間に意識の深いところに蓄積され
その後も心の中で相手のことを
攻撃し続けることになってしまいます。

なので、
色眼鏡の違いやザワザワや怒りの感情に
その都度気づき
蓄積させる事なく、
適切に対応することができれば
悩みを引くずることなく
快適に生きられると思うのですが

自分の感情だからといって
完璧に対応できるわけないし、
これを読んだからと言って
簡単にできる事でもないですよね。

先ほども述べたように
この世に100%絶対が「生」と「死」の2つしかないのであれば、
色眼鏡にも100%絶対的な正解はなく、
どの色眼鏡も間違っていないし、
どれも”良い色”だと思うのですが、

腰痛をお持ちの方は、
相手と自分の色眼鏡を比べては


「相手の色眼鏡が正しい」
と思い込む傾向が強く、


知らず知らずのうちに、
自分の色眼鏡の色を
「私の色は間違えている」
「私の色は悪い色なんだ」
と思い込み、
自分を悪者にしてしまいます。

そして、この
「相手が正しくて、私が間違えている」
といった色眼鏡で見ているのが
「インナーペアレント」
になります。

しかし、
常に自分を受け入れてくれて
常に自分の味方になってくれる
世界で一番頼れる存在であるはずの
インナーペアレントが


「自分の色眼鏡は間違えている」
「自分の色眼鏡は悪い」
と決めつけていたら

そりゃー、苦しいですよ、辛いですよ、悲しいですよ。

一番の味方に
自分を否定・批判されるわけですから・・・

冒頭にも書きましたが、
腰痛や身体に感じる痛みは
「私は間違えてないよ」
「私は悪くないよ」

思考の癖を知らせるサインに過ぎません。

言い換えれば、
腰痛などの痛みは
自分を肯定してくれる「正義の味方」とさえ言えます。

では、
このインナーペアレントの色眼鏡(ものの見方)を
緩めるにはどうしたら良いのでしょうか??

それは
相手を正々堂々とジャッジする
です。

「えーっ、そんなの嫌だー」
「そんなことやっちゃダメでしょー」
と思われるかもしれませんが、

インナーペアレントが相手をジャッジをすること自体は
決して悪いことではありません。
むしろ、自分を守るために必要な事です。

大切なのは、その次!!

ジャッジした時に
相手(他者)を「正」、自分を「誤」にするのではなく、
自分を「正」で、相手(他者)を「誤」にするのです。

この「正」と「誤」に切り分ける作業が「境界線を引く」作業であり、
このジャッジの作業をした上で


1、「相手の考えは間違えている。」
   ↓
2、「私の考えは正しい。」
   ↓ 
3、「しかし、相手の考えも理解できる」
  「相手の考えも間違えていない」
   ↓
4、「どちらも間違えていない」

となるわけです。

先程のイケメン店長で例えてみましょう。

私「店長はイケメン」
B子ちゃん「店長はイケテない」
とお互いが店長への印象を持った時に


「店長をイケテないと感じるB子ちゃんは間違えている」
と私がB子ちゃんの色眼鏡をジャッジし、否定することで
私が感じる「ここの店長はイケメン」という色眼鏡は守られるわけです。

しかし、
B子ちゃんをジャッジする作業をせずに

「店長をイケてると感じる私は間違えている」
とか
店長をイケてると感じるのは悪いことだ」
というように

いきなり自分の色眼鏡を否定・批判してしまっては
私の「ここの店長はイケメン」という色眼鏡は
存在を認めてもらえずに、行き場をなくしてしまいますよね。

こうなると、
私の「ここの店長はイケメン」という色眼鏡は
存在を認めてもらえない悲しさから、
その後も心の中でB子ちゃんのことを
攻撃し続けることになるのです。

私がB子ちゃんをジャッジし、
敢えて、B子ちゃんの色眼鏡を否定・批判することで
私は自分の色眼鏡を守り、
自分の色眼鏡の存在を受け入れることで、
B子ちゃんの色眼鏡も受け入れ、
尊重することができるのです。

なので、
自分だけでなく
相手の色眼鏡を受け入れるためにも
ジャッジする作業は必要不可欠なのです。

それだけでなく
相手の考えをジャッジもせずに、1と2の作業を飛ばし、
いきなり3、と4、に飛んでしまうと
自分と相手の考えがごちゃ混ぜになり、
どれが自分の考えで、
どれが相手の考えなのか分からなくなります。

そうなると、
自分の中の正しさ、
自分の本当の気持ち(本音)が
自分でも見えなくなってしまうのです。

おそらく、
体操をしていても
「”痛い”と”気持ちいい”が分からない。」
とおっしゃる方は、

この1と2の作業を飛ばしてしまっていて
自分の本当の感覚が見えなくなっているのだと思います。

だから、
腰痛を根本から改善するためには、
この1と2の作業を最初からやり直す必要があるのです。

ただし、
人によっては、1の相手をジャッジする作業で
罪悪感を感じられるかもしれませんし、
2の作業で不安になるかもしれません。

が、この時こそ
「相手をジャッジすると罪悪感を感じるよね。罪悪感を感じてもいいんだよ」
とか
「自分が正しいと思うのは怖いよね、怖くてもいいんだよ」
というように
その時の感情を復唱しながら、受容していきます。

つまり、
自分の本音に気づき、色眼鏡を守るためには
相手をジャッジする必要があり、
この作業は必要不可欠なのです。

そして、これは、
自分を守るだけでなく、
相手の色眼鏡を守るためにも必須といえます。

これまで、
「人に迷惑をかけてはいけません」
「人に嫌な思いをさせてはいけません」
と教育されてきた私たちにとって
この”ジャッジする”という作業は
残酷なものと感じられるかもしれません。

けれど、
ジャッジする作業自体は決して悪い事ではありませんし、
むしろ、
自分だけでなく、相手の価値観を尊重するためには
優れた手段であるとも言えます。

この世に絶対なものは「生」と「死」しかないのであれば
この世に間違いなどないし、
正解は一つじゃないですよね。

ならば、
「これが正しい」とか「これは間違えている」といった思い込みは外し、
いろんな色の色眼鏡を体験した方が
より彩豊かな人生になるのではないでしょうか・・・

Color kids hands art background

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