ここでは、”自分に自信を持つ”、”自分に寄り添う”という観点から、
私が体操をする時の考え方をシェアしますので、
良かったら参考になさってください^^

例えば、
過去に筋トレをした経験があって
そのせいで膝を痛めてしまったとします。

今もその痛みが消えずにいる時、
大抵の場合は、
「私の膝が悪いから痛めちゃったんだ。」
「あの時のトレーナーの教え方が悪いから、私は膝を痛めてしまったんだ」
とか
「筋トレそのものは良くないものだから、するべきではない。」
など、
痛みの原因を何か(誰か)のせいにしてしまいますよね。

そして、
他者に罪をなすりつけることによって、
「自分は悪くない」
と思い込み
他者に責任転嫁をすることで
自分を守ろうとします。

これは、
自分の心の器を守るための行為でもあるので
無理矢理にでも考え方を変える必要はありません。

が、
常に誰かに罪をなすりつける行為は
心が”怒りの感情”に支配されやすく
健康的ではありません。

なので、
こういう時こそチャクラ瞑想で
自分自身を整えて欲しいのです。

これはほんの一例ですが、
よかったら参考になさって下さい。


私が膝を痛めてしまったのは、
教えてくれたトレーナーが悪いわけでも
筋トレが悪いわけでもない。

あの時、正しいフォームに気を取られ、
身体からの声に耳を傾けられなかった私自分の未熟さ、
弱さが痛みとして現れただけなのだ。

だからここは素直に、
「あの時の私へ、身体からの声を無視してごめんなさい、許してください。」
そして、
「教えてくれた痛みへ、ありがとう、愛しています。」

これだけで、
痛みは浄化され、悦んで成仏してくれると思います。

この瞑想のストーリーには悪者がいません。
だから、
誰かに罪をなすりつける必要もないのです。

自分を整えることで
『誰も悪くない』
と言えるチャクラ瞑想を
日常生活で活用して欲しいです。

『言えれば癒える』

例えば、体操をして痛みが出てしまっても、
それは”身体を裏切った”ことにはならなくて、
”身体が教えてくれた事”と私は捉えています。

もちろん、どんな時も”気持ちいい”を感じれた方が嬉しいけれど、
”痛み”も”気持ちいい”もどちらも身体が教えてくれた「私だけの正解」だし、
”痛み”であれ”気持ちいい”であれ、
「私だけの正解」に耳を傾ける時点で、
私は私の感覚を一番頼りにしている、
だから”私は世界で一番私と仲良しなんだ。”と自負しています。

何を言いたいかというと、
”痛い”ことをしてしまっても、
それは身体からの声を無視しているわけではなく、
ただやり方を間違えてしまっただけで、
別のやり方を見つけたら良いだけの話。

「愛」の反対語は「無関心」です。
痛みも気持ちいいも感じられない無関心でいる方が、
”私の身体”は悲しむどころか、
サインを送る事すら諦めてしまいます。

けれど、ここにいるメンバーは、
身体の声に耳を済ましている…
それだけでご自身への信頼感と愛情が溢れていますよね。


だから、何があっても大丈夫です
安心して悩み、迷い、失敗してください